米沢織物

  (山形県)



 
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 米沢織物は上杉鷹山公<上杉謙信から数えて10代目の藩主で、19歳のとき日向国(宮崎県)の秋月家から迎えられ、

 明和6年に米沢に入った。>の奨励で安永5年・小千谷から縮師源右衛門を招き織技を藩士に伝え、

 縮役場を設けたのが今日の米沢織物の発展の基礎となっています。



長井紬

 
 その品質が琉球紬に良く似ているところから米沢琉球=略して米琉といい、広くその名で知られるようになりました。

 元来は真綿からの手紡ぎ糸あるいは玉糸を用いた平織り組織の横絣で、絹紡つむぎ糸も用いられました。銘仙よりも一格上のもので、

 明治後期から大正にかけて全盛をきわめたものです。大部分は絣紬で羽織・着尺ですが、模様ものや白紬も多少創られています。

 長井を中心に生産され、長井がその集積地でもあったので、長井紬(米琉)といわれるようになりました。
 
 また、鷹山公の晩年に名声のあった米沢糸織は当時、唐糸織(縷糸織)といって経緯ともに絹糸の諸撚を使い正絹で織り出したもので、

 これは文化の始め米沢に来た丹後の織師宮崎球六の考案したものといわれ、

 彼はその後、菱織・茶丸・海黄・博多織などの織物も指導して産出しています。
 
 このようにして米沢地方一帯の機業は隆盛をきわめ、その伝統が今日も継承され、白鷹お召し、紅花紬などに生かされています。


紅花紬

 
 昔からの紅花の主産地山形県の米沢で近年創りだされたもので、紅花からとった染料を主体にした草木染の着尺です。
 
 ちなみに紅花はエジプトが原産地ですが、古くからわが国にも伝わり、紅染めや口紅、薬用として用いられ、紅花の事を、

 くれのあい、くれない、すえつむはな、うれつむはなともいいます。

 また中国では燕支、紅藍ともいい、わが国でも東北、四国、九州にまで栽培されましたが、山形地方のものがもっともよく最上紅と称しました。

 現在でも紅花は山形県が主産地ですが、また紅染めは京都で染められ、京紅の名があります。

 紅花は古くは呉藍(くれあい)とも呼ばれ、キク科の二年生草本で、花も葉もアザミに似ており、高さは30〜90センチ位。

 夏、紅黄色の花を付けますが、その花冠を採集して紅をつくります。

 媒染剤として大和の月ヶ瀬の梅林の梅の黒焼ー鳥海というーが用いられ、月ヶ瀬の梅林は紅染の媒染剤のために植林されたといいます。
 
 なお、紅花は山形県の県花です。



白鷹お召し

 
 米琉(長井紬)の産地、長井を最上川沿いにさかのぼった支線の最終駅白鷹(しらたか)、昔の荒砥で長井紬などと同じに生産される織物です。




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